【公開作品】
2005年10月には、51作品のファイルが公開された。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。
もっとも多くの作品が公開されたのは岸田国士で、22作品(新劇運動の一考察、海の誘惑、遅くはない、「文壇波動調」欄記事 02 (その二)、「文壇波動調」欄記事 03 (その三)、傍観者の言、ポオル・エルヴィユウ、幕間、或る批評、仮面座の宣言、ブルタアニュの伝説より、「文壇波動調」欄記事 04 (その四)、劇壇漫評、島国的僻見、心平かなり、用捨なき観客、或る日の動物園、「文壇波動調」欄記事 05 (その五)、「文壇波動調」欄記事 06 (その六)、戯曲二十五篇を読まされた話、芸術と金銭、『ハイカラ』といふこと、)。「岸田國士全集 20」に収録された大正末から昭和初期の随筆である。底本の分類では「随筆」となっているけれど、小説風の「海の誘惑」やフランスの昔話を収録した「ブルタアニュの伝説より」などいろいろとある。「「文壇波動調」欄記事」の「その一」は、2005年12月20日に公開予定。
次に多いのが国枝史郎で、8作品(赤格子九郎右衛門の娘、鴉片を喫む美少年、鸚鵡蔵代首伝説、郷介法師、善悪両面鼠小僧、二人町奴、岷山の隠士、村井長庵記名の傘、)公開された。代表的な長編は作業中なので、短編・中編の公開が続いている。国枝史郎は赤格子九郎右衛門という人物が気に入ったようで、娘だけでなく本人を取り扱った作品「赤格子九郎右衛門」もある。また、長編にも顔を出している(どの長編かは読んでみてのお楽しみ)。
大衆小説の代表作、林不忘「丹下左膳」も公開された。青空文庫では、「丹下左膳」を乾雲坤竜の巻、こけ猿の巻、日光の巻の三部に分けて登録している。「こけ猿の巻」は、2006年1月8日公開予定である。
妖しい味わいの作品としては、夢野久作が2作品(眼を開く、骸骨の黒穂)、浜尾四郎が1作品(殺人鬼)公開された。怪談のような話という意味では岡本綺堂「停車場の少女(新字新仮名)」もここに紹介するべきかもしれない。「停車場の少女」は、新字旧仮名ファイルがすでに公開されている。今回は別底本による新字新仮名ファイルの公開である。
「旧聞日本橋」が青空文庫で公開されている長谷川時雨のもう一つの著名な書籍「美人伝」から、「マダム貞奴」が登録されている。川上音二郎とともにアメリカに渡ったり、パリの博覧会に出たり、といった本当に波瀾万丈な生涯の一端が描かれている。
他には夏目漱石が3作品(子規の画、僕の昔、西洋にはない)、森鴎外が翻訳を含めて2作品(冬の王、渋江抽斎)、北村透谷が2作品(厭世詩家と女性、処女の純潔を論ず)、竹久夢二が3作品(先生の顔、都の眼、コドモのスケッチ帖 動物園にて)、寺田寅彦が2作品(昭和二年の二科会と美術院、人の言葉――自分の言葉)、島崎藤村が1作品(山陰土産)、林芙美子が1作品(濡れた葦)、牧野信一が1作品(鬼涙村)、公開されている。
最後になりましたが、入力してくださった方々、校正してくださった方々に感謝いたします。また、みなさんのお気に入りを、コメント欄で紹介してもらえると、うれしいです。
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]]>【公開作品】
2005年11月には、53作品のファイルが公開された。
もっとも多くの作品が公開されたのは岸田国士で、19作品(俳優の素質、俳優養成と人材発見、端役、稽古雑感、兵営と文学、求貸家、せりふ、最もよく系統づけられた戯曲叢書、練習曲、新劇界の分野、新劇協会の更生について、新劇自活の道、新劇運動の二つの道、新劇協会公演に先だつて、新劇の危機、新国劇の「屋上庭園」を観て、大正風俗考、「ゼンマイの戯れ」に就て、「ゼンマイの戯れ」に就いて)。「岸田國士全集 20」に収録された大正末から昭和初期の随筆である。私のお気に入りは「端役」。
北村透谷は、8作品(各人心宮内の秘宮、客居偶録、鬼心非鬼心 (実聞)、秋窓雑記、主のつとめ、心機妙変を論ず、他界に対する観念、三日幻境)公開された。バラエティに富んだ作品群である。これで北村透谷は32作品が公開されたことになる(一覧はこちら)。
泉鏡花は、新字新仮名/旧字旧仮名の重複を含むが、6作品公開された(旅僧、雪の翼、雪霊記事(旧字旧仮名)、雪霊記事(新字新仮名)、雪霊続記(旧字旧仮名)、雪霊続記(新字新仮名))。旧字旧仮名の「鏡花全集」底本のファイルが4つある。総ルビなのでxhtmlファイルがすごいことになっているが、Azurなどの縦書きブラウザで総ルビの鏡花を味わってほしい。「雪霊記事」「雪霊続記」は新字新仮名と旧字旧仮名の二つのファイルが公開されている。出来れば読み比べてみてほしい。
変ったところでは、「鏡花全集」の付録冊子から、水上滝太郎「覚書」、宮崎湖処子「泉鏡花作『外科室』」が公開されている。「泉鏡花作『外科室』」は新人作家としての泉鏡花への批評であり、「覚書」は鏡花への追悼文である。宮崎湖処子「泉鏡花作『外科室』」は、種々の傍点を駆使したテキストなので、出来ればAzurなどの傍点の違いを表示出来るブラウザで読んでほしい。
島田清次郎は今回の公開作品が初登録である(「若芽」)。悲劇の作家、島田清次郎についてはリンク先などを参照。他にも大作が未着手である。公開作品に刺戟されて、入力してくれる人が現れることを望む。
推理小説として、エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)が2作品(メールストロムの旋渦、ウィリアム・ウィルスン)、甲賀三郎が4作品(青服の男、蜘蛛、琥珀のパイプ、黄鳥の嘆き)、公開されている。ポーは、ゴシックノベルという方が正しいかもしれない。
他には、森鴎外が5作品(普請中、文づかい、なかじきり、空車、雁)、太宰治が3作品(佳日、I can speak、灯籠)、菊池寛が1作品(島原心中)、三遊亭円朝が1作品(松と藤芸妓の替紋)、鈴木三重吉が1作品(千鳥)、公開されている。円朝の語り口は、やはりさっぱりとしていてよい。
来月の公開予定には、初登録の仁科芳雄の名前がある。他にもダンテ「神曲」などの大作もあるようだ。5000作品も近いので、今年の締めくくりの青空文庫を楽しみして、この記事を終わることにする。
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きのうあたりから書店に並んでいる『インターネット図書館 青空文庫』の見本ができたのは今月7日のことでした。夕方ならばまちがいなく届いていると言われ、神保町にある出版元のはる書房に見本を見にでかけました。この目で完成した本を見たいという思いは同じなのか、関係者が勢揃いしました。編集統括の宮川典子さん(前列左)が用意してくださったスパークリングワインで乾杯! そして記念撮影をパチリ。
]]> 佐久間さん(後列右)は営業担当です。この日すでに大手書店から注文がはいっていました。青いカバーをとると表紙は純白。編著者野口英司さん(後列中央)のこだわりの色です。富田倫生さん(後列左)が右手に持っているいやに目立っている本は『日本の論点2005』です。著作権について富田さんが書いているこの本も同じ日に届いたとのこと。あわせて読むとおもしろいと思います。
週末は本屋さんに行って、ぜひとも実物を見てください。
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青空文庫の本ができました。
http://www.harushobo.jp/2005_11_01.html
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来週の中頃には書店に並ぶんじゃないかと思います。
これで、著作権の保護期間70年延長について、少しは話題になってくれればと願ってます。
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藤原秀衡。後白河法皇。北条時頼。楠木正成。山本勘助。上杉謙信。伊達輝宗。真田幸村。服部半蔵。雑賀孫市。徳川家康。おもいつくままにあげてみたのだが、これら人物・武将に共通するのは“修験くささ”だ。修験は、頻繁に時の政治権力に接近しているように見えてしかたがない。ときに武将であったり、ときに朝廷であったり。
修験にかぎらず、仏教はしばしば政治権力と同衾してきた。利用したり利用されたり、利用されたあげく捨てられたり、逃れようともがいたり。古今の歴史の中で宗教者・科学者・医学者が政治権力と接触した例はそれこそいくらでもある。ここではマンガ『蒼天航路』をテキストに曹操と華佗を見てみる。
話は変わるが、最澄は空海に密教経典の貸し出しを依頼する。それに快くこたえていた空海だが、『理趣釈経』という書の貸与を望まれたときに、それをこばんだ。空海の言い分は、書いてあるものを読んで理解しただけでは、その教えの本随を理解したことにはならない。体得するためにはわれのもとに来て、直接学びを請うように、というものであった。
曹操と華佗。最澄と空海。このふたつのエピソード、ここでは事実との真偽はさほど問題ではない。現代科学や現代医学、それから現代社会のかかえこんでいる問題の核心が、すでにここに
修験道もまた、重要な秘伝秘術は口伝であったという。ほかの宗派にくらべると、文献として記録するという慣習が少ない。まったく記録がないわけではないし、石碑や絵札などのかたちで残っているものもあるにはある。しかし、もっぱらが
口伝では、途中で変容したり抜け落ちたり解釈が変わったりしてしまい、本来の形が伝承できないのではないか、というふうに通常考えられる。ただし修験ではどうやらそうは考えないらしい。時代が変わり、ひとが変わりゆくのだから、それにしたがって奥義もまたうつろい変わってこそ当然ではないか。そう肯定的にとらえるらしい。うつろい変化してゆくことにこそ、奥義の奥義たるゆえんがあると。
なんだか、修験道について記述しているつもりが、憲法論議とシンクロしてしまった気がする。改憲論者の言い分に酷似しているような気がする。つまるところ、改憲論者は大ボラ吹きの山伏修験者という結論か。ひとまず、そういうオチということにしておきたい。
なお、毒物の出てくる古典にグリム兄弟の「白雪姫」、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」などがある。また、子殺し・親殺しは、異人殺しとともに民俗学のあつかうテーマのひとつであり、うぶめ・姥捨て・家父長制・徒弟制といった社会システムへ言及を展開する可能性を持っている。毒物を子どもに飲ませた例としては伊達政宗の母・義姫がある。子に殺される例として斎藤道三、親を追放する例として武田信玄がある。手元にある「訂正古訓古事記」で、毒という文字を検索してみたのだが、該当文字は皆無。
(※追記:この原稿すべて感情的すぎ。もっとちがう構成があったはず)
◇参考
蒼天考:蒼天航路考察サイト
http://www.h2.dion.ne.jp/~soutenko/top.html
『蒼天航路』王欣太・李学仁,講談社
『空海の風景』司馬遼太郎,中央公論社
2005.11.10
しだひろし/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
杉 享二。勝塾の塾長をつとめたというから、与之助と同年代だろうか。出身地などくわしいことはまだ調べてませんが、娘・里子が鶴岡の小説家・高山樗牛の妻となる。
婚姻関係でいえば、榎本武揚の妻・たつは幕府奥医師・林洞海の娘であり、林洞海は松本良順・林 薫・佐藤泰然らとつながる。彼らは庄内遊佐升川出身・天保義民とよばれた佐藤
高木三郎。旧姓、黒田友敬。江戸出身の庄内藩士。天保十二年生まれ。与之助とは二十才ちがう。こちらは庄内藩世子忠恕の相手役をつとめているエリート。安政六年、藩命を受けて勝の軍艦繰練所に入る。異色なのは戊辰戦争の前年、慶応三年四月にアメリカへ留学。明治五年二月に米国在留弁務使館書記。サンフランシスコ副領事、ニューヨーク領事となる。どうやら維新の戦火にまきこまれなかったらしい。長くアメリカに駐留して対米折衝につとめている。使節団が出かけるさいの現地手配役といったところか。十三年に官を辞したあとは生糸の輸出業をはじめている。享年六十九。
ここでフルベッキについて。Verbeck, Guido Herman Fridolin。1830年生まれ。オランダ、ユトレヒト出身。アメリカのオランダ改革派協会から宣教師として派遣。安政六年(1859)来日。長崎や佐賀で布教のかたわら英語教師をつとめる。専門は工学。フルベッキから教えをうけた者は多い。伊藤博文(長州)・大久保利通(薩摩)・大隈重信(長崎)・副島種臣(佐賀)。明治31年東京にて没する。
本間郡兵衛。おそらく山形でも知る人は少ない。号を
赤沢
会津藩のように老若男女が死闘し、なおかつ斗南へ強制移住させられたことにくらべると結果的にではあっても、庄内藩はめぐまれている。しかしその影に、おもてにされずに暗に葬られた者たちが累々といることに気づかされる。当地出身者ばかりでない。庄内藩あずかりだった新徴組浪士たちは、最後まで庄内藩士らと行動をともにして官軍にあらがったにもかかわらず、無惨な結末に終わっている者たちが少なくない。調べれば調べるほどそういう人物たちが現れてくるのだ。
『奥羽越列藩同盟 東日本政府樹立の夢』(中公新書,1995)のあとがきを星亮一は「日本の戦後処理のまずさは第二次世界大戦でも指摘されているが、戊辰戦争でもまったく同じで、賊軍の名で奥羽越を一方的に片付け、日本の近代史にとって、戊辰戦争とは一体なんだったのかを十分に討議・検証することなく、歴史の闇に葬ってしまった。これは日本人の恥ずべき歴史感覚である」と強い口調でしめくくっている。賊軍の名で奥羽越を一方的に片付けているのは、勝者の側ばかりではない。敗戦した側もまた、じぶんたちの過去を葬り去ろうとしている。戊辰で流れた血。沖縄・広島・長崎で流れた血。安保闘争・学生紛争で流れた血。現在国内外で流れている血。まぎれもないリフレイン。
陸奥宗光。土佐出身で龍馬の弟格 紀州藩出身で海援隊所属。あらためていうまでもありませんが、聡明で弁舌に優れのちに外務大臣をつとめることになります。明治十一年西南戦争のくわだてが未然に発覚してとらえられ山形の監獄へ投ぜられる。遠方流罪のようなものだろうか。十二年十一月に仙台の監獄へ移動するまでのあいだ、山形旅篭町旅館亭主・後藤又兵衛が衣食等身辺の差し入れや家族との連絡などの世話をつとめている。宗光は獄中でベンサム『プリンシプルス・オフ・モラル・エンド・レジストレーション』の翻訳などを手がける。十五年十二月、特赦放免され出獄。
関口
益満休之助。西郷吉之助の腹心。江戸市内撹乱の中心人物ともいう。薩摩藩邸焼き討ちのとき逃げ遅れて逮捕される。勝海舟の家に居候。山岡鉄太郎が駿府駆けをしたとき官軍の中を突破する案内をした。(追記:関口隆吉と益満休之助は操練所に所属したわけでなく、海舟と関連あるということでとりあげました。タイトルが「幕府軍艦操練所」だったので、ちょっと誤解をまねきかねない列挙だったか)
ざっと、このようなぐあいです。なお海舟は、酒田の本間家に言及したことがあるらしい。積善の家に余慶ありを旨とし、百姓一揆はなかったとされる本間家を、勝は、すぐれた家訓・家憲を持つゆえといってほめたという。
『竜馬がゆく』のなかで司馬さんはたびたび清河八郎を登場させています。ただし、佐藤与之助については書いていなかったはずです。本間郡兵衛についてもおそらく書いていない。ざっと見たところ『街道をゆく』の横浜・神戸編にも見あたりませんでした。清河は1830年生まれだから与之助・郡兵衛の十才ほど年下になります。何かつながりがあってもふしぎではない。そう思っていたら案の定、八郎の日記『西遊草』に佐藤与之助の出てくるところを見つけました。みじかく「旧知の与之助あてに江戸で手紙を出した」とある。詳細はわかりません。が、面識と交流のあった可能性があります。
与之助や郡兵衛の視点で庄内藩や維新のことを再点検したいのですが、出羽三山の明治維新を最優先にしたいものですから、その作業はすぐにはできそうもありません。ふれることはできますが、深く記述できそうにありません。佐藤賢一さん、もしくはほかのかたが掘り起こしてくださることを期待したいと思います。
なお、清河八郎『西遊草』は、当時の庶民の記録としてたいへん参考になります。今の感覚だからでしょうか。母親との全国道中記というのもめずらしい。行く先々で話のネタを仕入れてはこまめに書きとめている。酒造屋のせがれなので芭蕉のようなジリ貧の行脚とも異なります。山形の侠客の親分の名前なども書き記してくれている。当時、山形に狼がいたのか疑問に思っていたのですが、それについても書いてあります。天童から東根へいく途中、このあたりは狼が多いから気をつけるようにと注意をうけている。
「清河八郎と陽明学」の回で、八郎の羽織の紋について「
◇参考資料
『新編 庄内人名辞典』1986.11.
『山形県の歴史散歩』1993.2.
『ものがたり庄内と人物』大泉散士1988.3.
『山形市史』
『西遊草』清河八郎
2005.11.2
しだひろし/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
民衆に訴える
フランツ・ペーター・シューベルト(作曲・訳詞:高橋悠治)
時代の青春は終わった
民衆の力も
流れ行く群衆のなかに埋もれて
使いはたされた
苦しみにさいなまれ
あの力の名残りさえ
時代にさまたげられて
実りなく消える
民衆は歌を忘れて
病んだ時代をさまよう
あの日の夢を捨てて
顧みることもなく
ただ歌だけが運命に
立ち向かう力をくれる
かがやく思い出をえがき
苦しみを和らげて
「水牛のように」を2005年11月号に更新しました。
雑誌の目次のように、原稿の順番をきめるのは更新のための最後の楽しみです。今月はタイからはじまってインドネシア、イラク、イタリア、ドイツとめぐり、どこともわからないふしぎの国に足をふみいれ、日本へというふうにしてみました。テーマをもうけることはしないので、「水牛のように」は目的のない旅のようなものです。
新しく出た藤本和子さんの翻訳を2冊。
『不運な女』は1982年にピストル自殺をしたリチャード・ブローティガンの遺品の中からひとり娘が発見した最後の小説です。藤本さんが書いた『リチャード・ブローティガン』をあわせて読むとよりおもしろいと思います。
『闇の夜に』はブルーノ・ムナーリの絵本。イタリア語版とおなじくイタリアで印刷されています。黒や半透明の紙が効果的に使われていて、ページをめくるのが楽しい。簡素な日本語にもつい見入ってしまいます。
11月30日には金沢で「冬の旅」の公演があります。翌日12月1日に帰ってから作業をしますから、更新はいつもよりおそく、1日夜になると思います。そして3日からは北海道ツアーです。どこでもおいしいものが待っていてくれそう。暗い冬の北に旅する者の特権です。
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波乗りをしていて、しだいに霧におおわれたことが何度かあります。まず、水平線が不明瞭になります。近づいてくる波も見えにくくなる。それから周囲が見えなくなる。沖のほうだけでなく、ふりかえっても浜がかすむ。たいていこういう天候のばあい、さほど波質はわるくありません。とりたてて良質の大きな波というわけではないけれど、無風なので海面がさざなみ立っていない。視界がうばわれると、聴覚や触覚がはたらきます。静寂。心ぼそくなるくらい。うしろのほうで波がブレイクする音だけが聞こえる。それから、体がゆっくりと上下にもちあげられたりすうっと落とされる。海水が、なんだか水という気がしなくなる。小高い山のような物体。それが霧のなかを近づいては足の下を通りすぎていく。
宮崎さんの作品には雲につっこむ場面がくりかえし登場します。『もののけ姫』でも山霧につつまれるシーンがある。霧雨。雲影。それが風にのって下手へ流れすぎると、一転して陽差しがもどってくる。映像クリエーターとしては描きたくなるのがよくわかる。ただし、その挑戦は気をつけないと製作側の自己満におちいる。リアルにナチュラルを求めるのであれば、実写を撮影して合成してしまえばいい。どちらかといえばラピュタやトトロや魔女宅のデフォルメした自然描写のほうが成功していた。成功していたイコール、個人的に好きだった。描きこまないリアリズム。
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