ピーター・ジャクソン監督の「キングコング」。
ロード・オブ・ザ・リング」につづいて、今回もCGがすごそう。
どんどん進化するCG…ですが、悩みもあるのだとか。
不気味の谷現象、と呼ばれるもの。
たとえば人間をCGで描く場合、リアルになればなるほど、なにか不気味さがにじみ出てくる。
単純な線画で描いていた時は、かわいくデフォルメされたキャラクターだったのに、リアルな人間に近づくにつれて、なんだかゾンビみたいな不気味な質感がただよってくる。
ロボット工学では以前から知られる現象で、東工大の森政弘博士が1970年に論文を発表。
親しみやすさを縦軸、リアルさを横軸にグラフを書くと、リアルさが増すにつれて、途中までは親しみが増すのだけれど、あるポイントでガクンと親しみやすさが落ち込む「谷」ができる、というもの。
なぜこんな現象が起きるか。
「情報の少ない絵」だと、人間の目は、不足している情報を補う。好意的に補完する傾向がある。ほのかなユートピアを夢見るんでしょうか。
でも、情報量が「完全」に近づいてくるにつれ、今度は逆に「欠けている部分」に目がいくようになってしまう。アラが目立つ…ということらしいのです。
CGが発達し、ゲーム業界がこの現象に悩まされている、という話。
最近ちょっと話題になってるんだとか。
★続きを忘れる
で、ここまで書いて、休憩をとった。続きはあとで、と思っていたのだけれど、さて何を書くつもりだったか、忘れました(;・∀・)
なんかね、最近の出来事とか流行とかいったことで、この「不気味の谷」現象とよく似たのがあると指摘しようとしてたんだと思うんですが。うーん、何だったか…思いだせん。
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何だったのかなあ。…小泉政権とかだったのか。
あまりにシロウトっぽいので、不足しているものを国民が空想で好意的に補完するしかなくて、支持率が高いとか。
…いやあ、そんな風刺漫画みたいな話ではなかった気がするなぁ。もっとピッタリと「不気味の谷」現象と重なることだったはずなんだが。
姉歯…は関係ないよなあ。寒波もまったく関係なさそうだし。鳥インフルエンザもちがう。HGは…かすりもしてない。インリンさまは引退するのかなぁ。
★閑話休題
というわけで、続きを忘れたので、別な話に。閑話休題…というか、すでにここまでが閑話のような状態ですが。
別な話しねぇ。急にいわれてもなあ。思いつくものが…。

そう。「思いつく」といえば、乱歩に「心理試験」という短篇があって、精神分析で使う自由連想テストの話が出てくる。
ランダムに選んだ単語を次々と読み上げて、そこから連想する単語を被験者に答えさせていくというもの。
考えて答えるのじゃなくて、パッパッパと反射的に思いつく語を答えていくので、意識の働く隙がなく、無意識的な判断がなされる、ということ…だった気がします。
異様な連想とか、あるいは連想するまでの時間なども計測して(この時間が乱歩作品では鍵になってる)、いろいろ分析するらしい。
でも、こうした反射的な連想って、ふつうにこうしてものを書いたり、人と話したりする時にも、同じように働いていないだろうかと、ふと思ったことがあります。
Words are flowing out like endless rain into a paper cup...
ビートルズの Across the Universe じゃないけど、母国語で話すかぎり、言葉は次々と自然に浮かんでくるし、何の気なしにどんどんしゃべることが出来る。
無意識でどんどんしゃべっている。「流暢に」という表現のとおり、流れるように、そして暢気の「のん」でのんべんだらりと、なにを意識するでもなく、どんどん話す。
じゃあ、言葉って無意識なのかな。
でも、意識とは言葉のことだと、ふつうなんとなく信じてるようにも思う。まさに、この心の中で次々思い浮かべる言葉が、考えるということだし、意識の実体であると。
今こうして書きつけてる言葉もそのようなもののはずなんですが、それは意識とは別な何かが発話しているのか。意識はそれを傍らで無力に呆然と見つめるだけで。どうなってるのか。
言葉は無意識からどんどん流出して、意識はじつは、たんにそれを追っかけてるだけだとすれば。
追いかけて、あとになってから、あたかもそれを自分で表現したかのように詐称して、自分の手柄のように、自分の実体のように思いなしている、というようなことかしれない。
話したり書いたり、自分で表現する時だけではなくて、読む時は、もっと自由連想的ではないだろうか。
読む…読める、ということは、読んでる言葉とかイメージから、猛烈にいろんなことを連想している。しまくっている。
その証拠に、未知の外国語で書かれた文章は、読めない。
なにをどう連想したらいいかわからないから。自由連想が働かない。
知ってる言葉で書かれたものを読んでる時は、とめどない連想が湧き出て、駆けめぐってるわけですが、そのとき何をどう連想しているかを、はっきりとは示すことはできない。連想はほとんどバックグラウンドで処理されているように感じる。
それはもうそこはかとなく、「流暢」に連想の濁流に押し流されている。
つまり、読んでいる主体は、意識ではなく、無意識ではなかったか。
…というようなことを、ふと思ったりもしたよ、という閑話休題でした。まあ、だいぶうさんくさい説なんですが、とってつけた話ということで。
それにしても、何が「不気味の谷」に似てるんだろう。気になるなあ。
★言葉の話を続ける
「不気味の谷」は思い出せないので、もうちょっと言葉の与太話をうだうだ続けると…。
母国語だと、自由連想っぽく、どんどん言葉がついて出てくるけど、これが勉強中の外国語となると、全然そういうわけにはいかない(笑)
覚えたての外国語だと、使う時、それがどのテキストのどこに出てきた表現か、映画のどのシーンで誰がしゃべってた言い回しか、はっきり意識しながら話します。
つまり、使ってる言葉は、他人の言葉で、それを「他人の言葉」と自覚する意識がある。そして、この場合、無意識はどこにもない。
たぶん、流暢な母国語も、最初の最初はそうだったんでしょう。でも、あまりにデータベースが肥大化しているので、もういちいちどこで誰が使ってた表現だったかわからんようになってる。出所は失われ、盗作し剽窃し著作権を侵害しながら、猛烈な引用の嵐の中で「流暢」に読み書き話すことができる。
無意識とは、いわば肥大化して、参照機能が不全になった巨大データベース。データベースは整理というか情報圧縮というか、勝手な連絡網をどんどん広げていて、意識の介在なしにいろんな迷路・地下道・近道・まわり道を生み出し続ける。
…と、どんどん勝手に胡散臭い説を立てているわけですが、ふとキーボードを叩く手を休めて、部屋を見渡す。
すると、目に入るものは、見えてはいるけど、ほとんどは「意識していない」。何か注意を喚起するものがあれば(例えば、ゴキブリが動くとかね、冬だからそんなことないけど…ないよなキョロキョロ)、そこに意識はいきはしても、それ以外は漠然と見ている。
目に入る世界は、本ほどではなくても、「読む」ことはできて、壁にひびが入っていたら、姉歯氏を思い出し、姉歯氏の顔を思うと古舘伊知郎が連想される。
見えている世界から受ける気分や連想はたくさんある。読んでいる。でも、どう読んでいるかはかなりあいまい。
言葉がそうであるなら、読まれるかぎり・見られるかぎりで存在するこの世界も、無意識から生じているのではないか。
このような世界のあり方を、仏教ではアーラヤ識というのではなかったか。
アーラ屋敷ではないのであって、この説自体も世界のうちに含まれ、その上言葉でもあるのだから、アーラヤ識というか、無意識であって、そのようなこととは何の関係もないのに、今ふとやしきたかじんを連想してしまったりもして(それもオネエ言葉を真似て、アーラ、ヤダンッとか言っている状態)、そんな私っていったい。
私じゃないんだ、私じゃないんだ、無意識なんだ。半端に汚されているせいで、世界の種が生まれるそうです。
★まとめる
短歌とか俳句とか詠む人って、flowing out ばかりじゃなく、言葉をしっかり吟味する。
その吟味は、意識的なもの、なのか。どうなのか。
しかし、意識による吟味は、flowing out に勝てるのか。何かを語ったり生み出したりできるのか。考える時、すでにその考えは、無意識的な連想に頼っているではないかと、すでに書いたではないか。
結局、最終的に、「この一語」を決定するのは、無意識。それなら一語も発さない手もある。ベケット。
…ああ、もうこの辺くらいまで来ると、自分でも何を書いているかわからないです。
いや、自分で何を書いているかわからないのは、はじめからだ…という話を書いているのだったっけ。じゃあ、この反省は何を意味するのでしょう。コギトでしょうか。わからないものをわかりたいと、叶えられない望みを望む心でしょうか。
それとも、flowing out (垂れ流し、とも訳してみる)した言葉を追いかけて、それを自分で生み出したかのように詐称しようとしているんでしょうか。何であるかもわからないまま。
「不気味の谷」現象は、横軸にリアリティを置き、それはこの世界そのものにおいて100パーセントになるはずなのですが、じつはこの世界そのものも完全に対してちょっとだけ足りないため、「不気味の谷」に無限に落ち込んでいくのかもしれない。いく、のか。なぜ進行形なのだ、自分。
一方、中途半端な情報だけ与えられた時、空想することが出来るというユートピアって、いったい何なのだろう。神?
…と、垂れ流された言葉をむりやり、まとめるのであった(;・∀・)
何の話かぜんぜんわからないですが、話自体がその言い訳にもなってもいるのです。
やっぱり、でも、あのグラフと同じ形のものを、どこかで見ている気がまたしてきた。。
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